中国との戦時下で昭和14年10月に価格等統制令が交付される。 昭和15年10月23日を実施日とする協定価格表の手書き原案を掲載する。
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大阪府告示第1714号
価格等統制令第3条第1項の規定に依る妻楊枝協定販売価表格格表
品名 丸妻楊枝 セロファン包み
銘柄規格 機械製 長さ一寸七分 30匁 小丸 紙箱10束入り
卸売価格 34銭
小売価格 44銭
注)1。卸売価格は買主への持届費を含む 但し大阪府以外に販売する場合 運賃は買主負担とす。
2。小売価格は売主店先渡しとす。
(1寸7分は約5センチ 30匁は112,5グラム)
昭和16年2月に商工省から出された価格表に当時の全ての楊枝の価格が載っている。 この中の機械製黒文字代用は機械で作った白樺製角楊枝の片面を黒文字楊枝に似せて黒く焦がした商品である。
同年の包装作業請負料金調査表を併せて見ると価格との関係がよく分かる。
機械製黒文字代用は機械で作った白樺製角楊枝の片面を黒文字楊枝に似せて黒く焦がした商品である。
昭和17年に楊枝を束ねる糸を入手するため提出した絲割当申請書には次の文章が記載さ れている。戦争が深まり民需物資は厳しく抑えられ、綿製品の代わりにスフが供給された。
「私儀、左の通りスフ(ステ-ブルファイバ-糸)を材料として妻楊枝の製造致し居り候に就いては、昭和14年1月23日商工省令第7号糸配給統制規則に依り昭和16年 回分に於ける使用ステーブルファイバー糸数量左記の通り御割当相成度、別紙市町村長又は警察署長の営業証明書相添え此段申請候也」
この申請で得た白糸や赤糸で楊枝を結束し包装加工したのである。
昭和18、19年の金属類非常回収物件保有量報告書を掲載する。
軍備のために一般からの金属類の徴収である。 広栄社は平和産業である爪楊枝の製造を止められ、その製造機に代わって製材機械を設置させられ、空軍の弾薬箱の製造工場に変身する。
戦争による広栄社の爪楊枝製造の空白期間である。 集合写真の前列左の幼児が筆者の私、その右が母、その横が祖母で抱かれているのが私と双子の弟である。(昭和18年)
終戦後の混乱でなかなか工場が返却されず、ようやく昭和21年5月18日付けで工場の 登録がなされるのである。その決定通知を掲載する。(画像)