以上から判るのは
1.戦後は手製の竹や黒文字の楊枝から少しずつ始まった。戦後の混乱期であり、機械生 産に到るまでの過渡的な状態の時には近隣の竹材は貴重な材料であった。
2.木製・丸ようじは機械製も少しながら作られかけた。
3.歯ブラシや歯磨きが扱われているのが注目される。
この頃、溝之上一義は姫路よりマッチの軸木を買って先を削り、角楊枝を作っていた。
昭和23年8月に起草された大阪妻楊枝製造販売組合の定款(表紙は著者の父、滋の字である)が残っている。
その中の主だった条文を下記に掲載する。これにより当時の状況が窺える。
第1条 本組合は妻楊枝製造及び販売業者を以て組織する。
第4条 本組合は相互間の親睦を図り決定事項を厳守し尚納税の完璧を期するを以て 目的とす
第14条 組合員は本組合に対し次の権利を有す
ニ.配給品・購入品の割合・分配を受けること 第25条 本組合の会費は毎月50円とし会計係へ納入すること
第26条 本組合は基本金として組合員各自金500円を納入すること
第29条 本組合に於いてセロハン及び結束糸その他業務用必要物資の配給申請をなし 割当配給有りたる時は一般組合員に分配す
第30条 配給品の分配割当は理事会に於いてその数量を決す
第32条 共同購入及び配給を受けたる物資の分配は買い入れ原価に5分の積立金を付 すること
以上から戦後経済の様相が色濃く残っているのが判る。
大阪天王寺の卸商角鹿の見本付き価格表を掲載する。
上記の白刀、平妻は白樺材の金型で打ち抜いた和菓子用の製品で、文化はアメリカから輸入した
時と同じ歯用の平たいようじで舶来品を表す文化をつけて文化平楊枝を略して文化と称した。
小刀、大刀は黒文字製である。
当時の郵便料金
昭和20年 4月 郵便封書(20gまで) 10銭 葉書 5銭
21年 7月 〃 30銭 15銭
22年 4月 〃 1円20銭 50銭
23年 7月 〃 5円 2円
24年 5月 〃 8円 2円
26年11月 〃 10円 5円